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■■■ 紫野ひかりの日記・2006年 ■■■



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★12月27日「注連縄」

伊勢のおかげ横丁から、新しい注連縄を送っていただきました。注連縄1800円、梱包代500円、送料900円と、発送代金がかなりかかりましたが、やっとこさ、やってきてくれました。

「蘇民将来子孫家」これこれ、これが欲しかったの。注連縄のビニール袋をはずすと、ふわあっと、素佐之男さんの雰囲気がたちこめました。あはっ、ほんとに素佐之男さんだ。何だろう、文字に力があるのかな?

数年前の「笑門」の注連縄も、特別な活躍をしてくれたと思いますが、「蘇民将来」は、やはり私にとっては想いがこもります。

もうすぐ玄関に取り付けます。うれしいな〜。

今回購入したのは、こちらからです。
http://www.ise-miyachu.co.jp/



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★12月17日「能」

目黒の喜多六平太記念能楽堂で行われた、喜多流の自主公演能(月ごとの定例会)に出かけてきました。

演目は「通小町(かよいこまち)」「花筐(はながたみ)」「融(とおる)」と、狂言「八句連歌(はちくれんが)」、仕舞いくつかでした。11時45分始まり、5時終了で6000円。定例会は、お得です。

だけど、能のプログラムって、見る人の都合をあまり考えないのが普通みたいで、よくこれでみなさん我慢してるなあと感心します。例によって、休憩は20分と10分の2回だけ。お昼休みがない。

先にお昼を食べようかと思っても、10時半から整理券配布、11時から整理券を渡して入場、11時過ぎから11時45分までの間しか時間がないけど、駅まで7〜8分歩かないと食べるお店も買うお店もない。それに今日は、お腹が空いてなくて食べられなかったんです。

お昼前後のプログラムをひとつつぶして、お昼を食べに行くか、最初からお弁当持参するのが普通みたい。お弁当持参しても、食べる場所が狭くて、座れない。

何か都合で、休憩をあまり入れないようにしなくちゃいけないんだろか。それが伝統だから?今回は、狂言を見ないで、駅前まで食べに行きました。

今回印象に残ったのは、小鼓の大倉源次郎さん。正之助さんの弟さんかな、似てたし。良かったです。エネルギッシュで集中力抜群、堂々とした演奏でした。

今、調べてみたらやはりご兄弟で、源次郎さんは大倉流小鼓方の家元でした。

仕舞を舞われた、狩野了一さんが気になったので、今度能を見たいです。今回なぎなたを振り回して舞われたんですが、こっちを向いて振られると、首がぐんっと反り返ってしまって、困りました。すごいエネルギーが飛んで来るんです。刃物の力なのかな〜。あわてて、結界張りまくりました。

能のせりふが、ただの変わった節回しのせりふなのじゃなくて、歌なんだと、やっとわかってきました。歌だと思って、メロディというか節回しを楽しめばいいんだな。きれいな衣装にも目が慣れてきて、圧倒されなくなってきました。

間狂言(あいきょうげん。能の途中で狂言師が出てきて、ただ座ってお話をする)の時は、どうしても睡魔に勝てないので、寝ることにしました。他の動きのない時にも、気持ちよく目を閉じて良しということにしました。クラシック音楽で眠くなることはないですが、能だとつらいですわ。舞台上でこっくりしてる人は、まだ見たことないです。

11月は23日に、国立能楽堂で催された、幸清会の能を見てきました。能が4曲と、舞、囃子、独調などの小さなプログラムが組み合わされて、朝10時始まり、夜7時半終了でした。そのうち休憩は10分が2回。普通のコンサート3〜4回分の時間の長さです。こういう日程の組み方って・・・。運動会よりすごい。

この日は、観世流シテ(主役)方家元の、観世清和さんの能を初めて見まして、お気に入りとなりました。



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徳大寺 2006.12.16
★12月16日「御徒町(おかちまち)・徳大寺」

山手線から摩利支天(まりしてん)を祀ったお寺が見えるのがずっと気になっていたので、出かけてきました。

御徒町で降りたのは、初めて。駅を出るとそこはアメ横でした。アメ横に来たのも、初めて。ひょえ〜、服が、食べ物が、何やかんやが安い!買わずにいるのはエネルギーが必要でしたが、電車に持ち込んで帰らなきゃいけないことを考えて、何も買いませんでした。

徳大寺は、アメ横の中にあるんですね〜。でも、お寺に入る人は少数です。日蓮宗のお寺で、ご本尊が摩利支天です。摩利支天は、インドの戦いの女神で、武士によく信仰されました。

摩利支天には、京都で一度参拝したことがありましたが、特にぱっとした印象はありませんでした。そこは母の母方の遠〜い先祖の屋敷跡に近いんですが、あまり関係がないのか複雑な関係なのか。

徳大寺での参拝も、ただじっと様子を見られているという感じでした。戦いの神だから、逆縁かも〜。数日前からまぶたににきびのようなのができているのも、摩利支天の関係かも。参拝して帰ってきたら、ちょっと良くなってきたような気もするし。

お寺を出て歩いていると、私も以前持っていた、マディソンスクエアガーデンのスポーツバッグがお店に並んでいて、ここは時間が止まっているのかいと思いました。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~marisitn/



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柴又帝釈天 2006.11.25
★11月25日「柴又帝釈天」

バイクで、用事のついでに参拝しました。予想よりもこじんまりとした感じでした。

参拝の感じは・・・何ともなし。ご本尊の雰囲気もあまり感じません。あれ〜?ここに帝釈天が祀ってあるんだろか、日蓮宗だったので、本尊はお釈迦様で帝釈天堂が他にあるとか?隣のお堂を確かめてみましたが、そちらが釈迦堂でしたから、やはり帝釈天に参拝したはずです。

これは、まずいかも。久しぶりに、きつい相手かも。境内を歩いている時の全体の感じは、そう悪いものではなかったので、吉凶混合の相性のような気がしました。歓迎したいけど、都合(カルマ?)でできないという感じです。その気持の奥の歓迎が伝わってくるので、嫌になる程の感じではありません。

本堂の壁の彫刻が、半端じゃなくすごかったです。下の写真のような彫刻が、横と後ろの外壁全体に施されています。法華経の説話を描いたもので、一番こちらに見えているのは、龍女のお話だったと思います。法華経の中で、女性には最も印象深いお話のひとつですね。

参道の商店街も、思ったより狭く感じました。テレビでは、広く見えるんですね。古くて、磨きのかかった黒光りするような、いい雰囲気のお店が、ずらーりと続いていていました。昭和の中ごろに、タイムスリップしたみたい。古さを街ぐるみで味に変えてしまう、素晴らしいお手本だと思いました。

参拝の次の日、一日頭痛で、つらかったです。あ〜、どういうご縁なんだろ。



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柴又帝釈天 2006.11.25

三嶋大社 2006.11.18
★11月18日「三嶋大社」

出雲から帰ってから、ずっと続いていた口の中のケガは、「18日に、三嶋大社に絶対に行く」と決めたらすぐに治りました。

しばらくバイクに乗っていなかったので、バイクで行きたかったんです。でも、最初から今日は危ない気がしていました。それでも、やめる気は全然ありません。

行き帰りの途中、やっぱり2度、事故にあいそうになりました。何ともなく済んでよかったです。

三嶋大社は、七五三の家族連れでにぎわっていましたが、15日を過ぎているせいか、そうものすごい人出ではありませんでした。ご祭神は大山祗命(おおやまづみのみこと。大和朝廷以前からの山の神)、事代主命(ことしろぬしのみこと。えびす様。大国主命の子)です。

祈りは、拝殿の両側に少し華やかな衣装の女性が数人並んできいてくださいました。ちょっと形式的な感じですが、ちゃんと受けとってくださいます。

雰囲気は良く、ゆっくりしたくなりました。鶴岡八幡宮の、良いような、何かわずかに緊張が残っているような微妙な感じと似ていました。どちらも少しずつ良くなっていっているところも、似ていました。

三嶋大社は出雲系ですから、先日の出雲旅行と今日とは、つながっているはずです。だから来たかったんだと思います。

出雲系へのカルマが出ると思っていましたが、大丈夫とも楽観していました。だって、以前とは違う、三嶋大社のことが好きだという気持ちが、自分の中に確かに育っているから。こちらが本気で好きなのだから、それは相手の気持ちでもあるはずですから。

今回は、三島で評判のそば屋さんを調べてきていたので、入りました。なるほど、固くて個性的でおしゃれなそばだと思いました。でも、私は長野や出雲の昔からの、そば粉の味をそのまま味わうようなのが、好みだな〜。

神社で休憩していた時、近くの佐野美術館で、梅原龍三郎展が開催されていることを知ったので、そば屋さんを出てすぐに向かいました。

梅原龍三郎さんは、ずっと好きだったのですが、実物を見るのは初めてでした。この人、すごく上手いんですね〜。その上手さが、目障りなところもありました。ご本人も自覚していて、「手で描かず、目で描く」ように心がけていたようで、そうできているものは、とても良かったです。

桜島、富士山、浅間山など、山を描いたものが、エネルギッシュで好きです。

美術館に前田青邨(せいそん)展のチラシがありました。前田青邨さんは武士の絵が多く、名古屋で見た「楠正成」は、深く心に残っています。楠正成の本などによく登場する絵で、湊川神社宝物殿にいつもあるそうです。この人の描く、他の武士たちも見たいと思いましたが、会場が浜松で、遠かったです。

三島の街中をうろうろしたのは、初めてでした。カルマは出なくちゃいけなかったけど、楽しく過ごさせていただきました。ありがと!三嶋大社さん!
http://www.mishimataisha.or.jp/



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鶴岡八幡宮 2006.11.11
★11月11日「鶴岡八幡宮」

雨が降っていたので、車で鶴岡八幡宮へ行ってきました。駐車場の50メートル手前で「満車」の表示に変わったので、だめだったら今日はやめて通り過ぎようと思ったのですが、10メートル手前まで来ると「空車」に変わって、入ることができました。

雨で、まだ10時だというのに、七五三の家族連れが多く、とてもにぎわっていました。

そうか、関東では15日までで七五三は終了するんだな。熱田神宮は11月いっぱい、ずっと1月並の人出だった気がするんだけど、地域差かな。

本殿で、比売神様が優しく迎えてくださいました。すぐ目の前まで降りていらっしゃって、うれしそうに見つめてくださっていました。私も、比売神様が本殿にいらっしゃるのは、とてもうれしいです。

一応若宮でもごあいさつするために、降りていくと、さてこれからお参りという時に携帯電話が鳴りました。サーフボードが出来上がったそうです。いいタイミングに満足して祈ると、比売神様ではない他の方々(ご眷属?)が、暖く歓迎してくれました。

鶴岡八幡宮の紅葉はまだまだで、葉は青々としていました。紅葉の写真が撮れるかなと思っていたんですが、撮れたのは舞殿での結婚式の写真になりました。鶴岡八幡宮では、土日は大体毎日結婚式が行われているのかもしれません。

結婚式では、篳篥(ひちりき)、笛、笙の3人で生演奏されていました。琴も置いてあったので、持ち替えて演奏していたのかも。笙は、私が一番好きな楽器のひとつ(もうひとつは、シタール)で、自分で演奏してみたくて仕方がなくて、熱田神宮で質問してみたこともありましたが、今は趣味が多くて忙しすぎ、これ以上増やせません。それに、芸術系は私にとっては得意分野なので、今は必要がないんだろうなと思います。



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出雲大社 2006.10.29
★10月29日「出雲大社」

今回、旅行前にカルマが出てきていたので、出雲大社へは事前に数回祈ってから来ました。

境内へ入ると、何ともさわやかで気持ちよく迎えていただけました。体がすうっと楽になるのは、今回の出雲では初めてでした。相変わらずお優しい大国主命さん。何も心配はいりませんでした。

前回は、黒と白の2体の龍を、祈りながら霊視したのでした。祈っていると、そのことが思い出され、今回は2体の龍が、ぐるぐるとからみあって上へ昇っていきました。「伏義・女咼」みたいに。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8F%E7%BE%B2%E6%B0%8F

前回も、出雲大社の雰囲気は良かったのでした。大国主命は寛大で穏やかなので、気持ちがありさえすれば、すぐに許してくれます。

10年以上前、ヤマタノオロチは出雲の龍神のことだと直感して以来、しばらくの間苦しかったです。前回来た時も、境内で撮った写真には虹色の光が写りこんでいたり、神社から離れる時に、2体の龍雲が空にできていたり、神社での迎えられ方は大変良かったですが、出雲にいる間ずっと頭痛に苦しみました。

出雲系の神には、必ず一度は祈り、カルマが出て、その後、大変暖かく迎えていただけるようになります。でも、あまり甘えないようにしています。今回の出雲では、体調の悪化はありませんでした。

今回訪れたのは、須我神社、熊野大社、八重垣神社、神魂神社、佐太神社、須佐神社、出雲大社でした。目的地は須我神社でしたが、出雲大社との信頼感が一歩進んだのも、大きな収穫でした。



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八重垣神社
★10月28日「八重垣神社」

ここは前回訪れた時、小さな女の子のイメージがやってきて、ちょっと驚いたのでした。今回もやはり、12歳くらいの女の子の存在感をはっきりと感じます。その子は、私を慕ってくれ、喜んでくれます。この子が、櫛稲田姫?だって本当に、隣にいるようなリアルな存在感なんです。

女性の参拝者の多い神社ですが、縁結びを目的として来る人が多く、12歳ほどの子供じゃありません。

素佐之男命と結婚した時、櫛稲田姫は12歳くらいだったんでしょうか。素佐之男さんよ〜、えらい子供と結婚したねえ。政略結婚なんだから、そんなもんかもね。素佐之男命の櫛稲田姫へのイメージは、結婚当初の幼な妻の印象が強かったんでしょうか。だから、私もこんなに強く感じるのではないでしょうか。何か、微笑ましいです。

それにしても、写真というのはその場の雰囲気をなぜこんなに忠実に描写するんでしょう。私にはテクニックがないので、いつも偶然まかせで、自宅に帰って見てみるまでは、どんな写真が撮れたのかわかりません。櫛稲田姫さんが私を迎えてくれた感じは、まさに写真の通りでした。優しく、柔らかく、暖かく、美しく、純粋でした。




須我神社 2006.10.28
★10月28日「須我神社」

出雲の事よりもまず、初めての飛行機で緊張しました。あれには、今後できるだけ乗りたくありません。辻堂駅よりもうんと静かな出雲空港を出ると、目の前に「SUSANOO」と書かれたバスが2台、ゆっくりと移動していきました。さっすがスサノオさん!ありがと〜!

とにかく今回の旅行の一番の目的地、須我神社へレンタカーでまっしぐら。

須我神社は、素佐之男命がヤマタノオロチを退治して櫛稲田姫(くしなだひめ)を手に入れた時、「八雲立つ、出雲八重垣妻ごみに、八重垣作るその八重垣を」と歌い(そんな昔から技巧使って歌作るのかと突っ込む人がいましたが)、初の宮を建てて暮らした場所と言われています。神社の近くには、その宮跡があり、奥宮として信仰されています。

1998年5月5日、須我神社へ初めて訪れた時は、涙でぐしゃぐしゃになり、ごきげんの素佐之男命に「オロチ退治じゃ」と言われました。お札を求めるつもりで社務所へ移動すると、十束(とつか)の剣の木製レプリカ守りがあり、「これはお札よりも格が上」との説明もあったので、いただいてきました。

このお守りは、8年間ずっと私の最も大切なものであり続けました。その1年前には、名古屋で宮簀媛命(みやすひめのみこと。日本武尊の妃)から草薙の剣も霊的にいただいていて、このころから、剣をいただいたり体に納めたりということが続いているのです。

十束の剣は、素佐之男命がヤマタノオロチを退治した剣で、剣の霊威が布都斯魂大神(ふつしみたまのおおかみ)という名で、石上(いそのかみ)神宮に祀られています。草薙の剣は、その時ヤマタノオロチの体の中から素佐之男命が取り出した剣で、現在は熱田神宮にあり、3種の神器のひとつです。

十束の剣については、こうして現実にも持っていて、体の中にも納まっているので何も問題がないのですが、草薙の剣が今、現実にはバイクとして存在している状態で、霊的には持ってはいますが、そのまま置いてあります。これをどうにかしてくれないかと思ったんですが、よく調べてみたら須我神社の専門は十束の剣だったので、無理なお願いだったのでした。

もう剣のことは何も期待していませんでしたが、神殿の前に立つと、いくらでも泣けて泣けて、本当、どれだけの時間泣いていたか・・・ティッシュペーパー連続消費の新記録を作ってしまいました。

須我神社の素佐之男命はリラックスしていて、ゆったりと楽しそうです。前回も、今回もやはりそうでした。

十束の剣は、のど辺りからするっと抜かれ、また同じ場所からするっと入ってきました。メンテナンス終了ということみたいです。

剣のお守りを、8年ぶりに新しくいただきなおしてきました。前回と同じように、宮司さんの奥様としばらくお話しました。

私にとっては、ここが出雲で最高の場所です。素佐之男命の幸せな感じが、ありありと伝わってくるからです。ああ、この神社をうちの近くへ持ってこられたらいいのに!

そのお守りは、今、他のお札と共に目の前に置いてあります。お札よりも少し大きな赤と金の布に納められて、素晴らしい存在感です。我が家では、このお守りが主祭神と言ってもいいほどです。



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★10月25日「Z」

何も用事がないのに本屋さんに入り、何の気なしに雑誌の棚の前に立つと、目の前にザビヌルの顔が。雑誌の表紙になっていました。

それは、新しく創刊された、Z(じー)という「爺(じい)」のためのファッション&生活雑誌でした。ザビヌルはカッコいい爺ということで、イニシャルもZだし?創刊号の表紙を飾ったみたい。こんなところにザビヌルの顔があるなんて、びっくりしました。

中にはザビヌルの記事もあって、世界中を回って演奏しているザビヌルならではの、いろんな国のいろんな人々の表情、日本人の明るくて幸せそうな表情や、中東の暗く猜疑心に満ちた表情のことなどが書かれていました。

この雑誌にひかれて、ふらふらと本屋さんへ入ってきたみたい。でも、これは買えませんでした。



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★10月22日「江ノ島神社」

江ノ島神社に行きました。参拝と、たんぽぽの種がなくなったので、また綿毛ができてないかな〜というのとで。

辺津宮、中津宮、奥津宮では、何ともなし。でも、やっぱり竜宮社では、みるみるエネルギーを充填してくれました。今日は日曜で、中に入ることができて、気持ちい〜。気持ちいいと言っている人がいないのが、不思議。みんな何も感じないのかな?

例のたんぽぽは、あまり元気がなく、花も綿毛もありませんでした。今は季節じゃないのかなと思いましたが、別の場所では花が咲いていて綿毛もありました。別の場所のではだめということが前回わかっていますから、妥協せず、あのたんぽぽの綿毛を待つことにします。

きっと、私の生活とのタイミングがちょうど良くなる必要があるんでしょ。

江ノ島はにぎやかで、駐車場の行列が延々続いていました。私はバイクだから関係なし。うちに帰ってきて15分ほどで、小雨が降り始め、ずっと夜まで降っています。今日はバイクも多かったのに。濡れた人が多かっただろうな〜。



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★10月20日「静かな感動」

人類に素晴らしいことが起こりはじめている。自然に、当たり前に。その知らせが、私のところには届きました。みなさんのところにも、数年後には届いているでしょう。

アセンションは、そういう方法をとるのか、そう言われてみたら当然だったねと、静かに感動しています。良かった、本当に。

今は、これ以上言えません。



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★10月1日「観世流、秋の追善能」

25世観世左近17回忌追善能をみてきました。演目は、「清経」「三輪」「恋重荷」と狂言「泣尼」と仕舞(能のごく一部)5種でした。11時開演、休憩30分と15分で、終了は5時と、6時間がかりでした。チケットは14000円。

シテの観世銕之丞さんがとても良かったです。今までで最高かも。この方は、また見たいわ。

観世能楽堂で、一日中観世流でしたが、流派の違いって、よくわかりません。もっと見てると、わかってくるのかな〜。



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★9月30日「自分がなくなるということ」

自分がなくなって、全体にとけこむのってどんな感じなんだろうと、時々考えます。すると、そういえば、素盞鳴命が近くに来ると、いつでも私はそう望むことを思い出しました。別々でいることが苦痛なんです。

あの感覚のことなんだな〜。だったら、自分でいるよりもとけてしまった方が、よっぽどいいやと思います。素盞鳴命となら、一体になった方が自然だと、いつも思っていましたから。私は素盞鳴命の一部か、素盞鳴命と共にさらに大きな存在の一部なんだろうなあ。



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★9月24日「ヴァレンティーノ・ロッシ」

私は、スポーツマンに悟りは無理だと思っていました。スポーツは第1チャクラの物事で、最も低い波動と言えますから。それで、ロッシの自叙伝で内面を知って、とても驚きました。

しかしいったいどうやって?頭で悟っていないのですから、本人にもわからないのが当然でしょう。私は全然違う道を歩いたので、想像ができません。でもなんとなく、そちらの方がある意味では、仏教と近いような気がします。

私は段階をきちんと踏んで一歩ずつ進み、悟りへは当然の結果としてたどり着きました。それに比べると仏教もスポーツも他のジャンルでの悟りは大抵どれも、一足飛びでしょうから。

仏教とスポーツ等の違いは、仏教では無意識的でなく意識でしっかり悟るというところでしょう。正確には意識でしっかり悟っていないと、悟りとは言いません。そうでないものは、動物や植物などと似ています。

スポーツマンが無意識的に悟ることができるなら、どんなジャンルの人でも無意識的にならば悟れるということだと思います。日本人は昔から、その状態をめざしてきたのかもしれません。



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★9月19日「小室浅間神社やぶさめ祭」

いつも乗馬でお世話になっている、小室浅間神社の流鏑馬祭のお手伝いに出かけてきました。お手伝いといっても、大した仕事はできませんでしたが・・・。

流鏑馬は初めて見ましたが、乗り手によって馬の走り方が全然ちがうことや、走りながら弓を射る難しさを感じました。

馬たちは、ふだんゆったりのんびりと毎日を過ごしているので、一日中フル稼働するのがきつそうでした。でもなんとか、転倒したり大けがしたりしないで無事に終わることができました。

私は前夜、例によって、よく眠れませんでした。重要な参拝の前夜は、仕方がないみたいです。当日はいつものように、一日中、浄化装置になっていました。私は、誰かといる時はいつも、相手の人を浄化しています。自分と相手との浄化具合の差によって、そうなってしまい、そうせずにいることはできないんです。

お祭りでせわしかったんですが、大塔宮の首塚に木の実を置いてきました。いつものように、仲良しの波動が伝わってきます。

小室浅間神社とは、たぶん鎌倉攻めにまつわるご縁だろうと思うのに、大塔宮とこんなに心通う関係になっているのが、不思議な感覚です。自分がそうなって当然のことをしてきたから、自分が差し出したものへの当たり前の結果なんだけど、それでも不思議です。

大塔宮とこのような関係になるとは、思いもよらなかった。元は、敵でしたから。祈るというのは、素晴らしいことです。



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★9月18日「鎌倉宮、鶴岡八幡宮」

明日、小室浅間神社へ行くので、鎌倉宮へ参拝しました。鎌倉宮のご祭神は大塔宮(おおとうのみや)です。

いつもながら優しく迎えてくださるその感じは、穏やかで静かで、きめ細かな感じでした。小室浅間神社の首塚で感じる時も、朗らかでいつも通りの感じだと思っていましたが、ここではもっと軽やかで晴ればれとしているように感じました。大切にされていることが、よくわかります。その違いが、少し悲しくなりました。鎌倉宮ではご祭神ですから、当然ですけどね・・・。

まずは売店を見て、何か大塔宮に適当なおみやげはないかと探しましたが、良さそうなものが見つかりませんでした。それで、境内を見回ってみて、拝殿の隣にたくさん落ちていた木の実(楠?)を拾って包みました。小室浅間神社の首塚に、持って行ってあげます。

社務所で小室浅間神社について訊ねてみましたら、社務所の方はご存知ありませんでした。全国にいろいろな説話が残っているとのことでした。社務所の方とお話していると、涙がぽろぽろ。参拝で霊感を使って敏感になっている時に、ご祭神の話をして普通でいるのは、私には難しいことです。

それから、鶴岡八幡宮へ移動しました。めずらしく、本殿でとても良い感じでした。いつもは若宮にいらっしゃる比売神様が、こちらにいらっしゃって、実家へ帰ったように迎えてくださいました。大塔宮へおみやげを持っていくことを喜んでくださっているのかなと思いました。下へ降りて若宮でごあいさつすると、こちらは空っぽでした。

大塔宮も比売神様も優しく、心温まる参拝になり、ご機嫌で帰ることができました。



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★9月11「テロの日」

朝から胃が痛いので、きのう何食べたかなあと考えてみましたが、胃にもたれるような食事内容ではなかったし、理由がわからないまま、考えるのをやめていました。

それからまた胃が痛むので、お昼ごろになって、今日がアメリカのテロの日だということが原因だろうと気づきました。

まだまだ浮かばれていない、苦しみ続けている人がいるんだなあ。何で、これで影響されるんだろ。何か自分も関係があるんだな。2001年のあの日の前日、京都でグループフォローがあり、あの時も2〜3日前から胃が痛んでいたのでした。



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江ノ島 2006.9.8
★9月8日「辻堂の海」

忙しくて疲れた〜と思うと、海岸に降りていってリフレッシュすることがあります。月に2回程度かな。

辻堂の海岸から見える江ノ島は、上のような感じです。西を見ると、烏帽子岩も見えます。遠くには伊豆半島や晴れていれば伊豆大島も見えます。富士山も見えたっけかな?

辻堂海岸には何もありません。でも、波打ち際まで行くだけで、本当に体も気持ちも楽になります。海のパワーはすごいです。そして、2〜3分程度でまた車に戻ります。



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烏帽子岩 2006.9.8
★8月13日「迎え盆」

ナスとキュウリで牛馬を作り、迎え火を焚きました。毎度のお祭りごとです。

我が家では、あまり果物や甘いものを食べませんが、お盆には色々と買ってきて、お供えしたり、自分たちでも食べたりします。



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★8月12日「湯島天神、ジョー・ザビヌル・ライブ」

上野の湯島天神に参拝しました。ほんとにほんとに優しくて、涙出そうでした。雷雨があって、体がすっきり気持ちよくなっていたんですが、雷神さんのお出迎えだったみたい。雷さんと仲良しなのはなぜなんだろう、昔のご縁なのかなあ。

今日の本当の用事は、青山のブルーノートでの、ジョー・ザビヌルのライブでした。座席は、トゥーツのライブで座ったのと、同じ場所。ザビヌルから4メートルほどの席でした。

ステージへ向かうザビヌルが、私から1メートルほどの通路を歩いて行った後、力強いオーラが広がってきました。気力体力がすごく充実してる、今日はいい演奏になるぞ〜。

曲目は、「ウィーンの夜」とほとんど同じで、前回よりもいいライブでした。ドラマーが新しくなっていて、ズドドドドドドドドと、スポーティーで良かったです。6人のメンバーのうち4人がリズムセクション(ドラム、ベース、パーカッション2人)で、しかもドラムが上手かったので、満足でした。

ザビヌルも機嫌が良く、よく弾き、よく歌い、しゃべりました。

「ウィーンの夜」のCDは持っていなかったので、その場で買いました。そして、サインと握手をしてもらいました。厚みがあって温かい手で、力強く握手してくれました。

「世界で一番好き」と言おうかと思いましたが、言うと涙を抑えられなくなると思って、黙っていました。ちょっと残念。車を運転している時、FM横浜が入らない場所では、いつもザビヌルを聴いています。



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★8月8日「横浜飛天双○能(よこはまひてんふたわのう)」

事務所からDMが届いてチケットを買っていたので、去年に続き、2度目の鑑賞になりました。満月ツーリングの折、真夜中の長者ヶ崎で鼓を聴かせてくれる大倉正之助さんが、大鼓(おおつづみ)とプロデュースをされています。

今回は、現在製作中の横浜をモチーフにした新作能のさわりと、狂言「蟹山伏」、能「養老」、大倉さんの独奏が披露されました。いつもながら、和の間が満載で、日本人としてのツボを押しまくられ、それがまた洗練されていて、気持ちよかった〜。能を観ている時ほど、日本の良さが身にしみる時間は他にない気がします。

神や霊的存在と日常的に関わっている自分と、こんなに近い世界があることへの驚きも感じます。いつもは周囲の人に合わせて、あまり本来の自分を出さないように、注意して生活しているわけですが、そうしなくてもいい世界がここにあります。

新作能を、もっと観たいなと思います。天才的な作家が出てきて、能を活性化してほしいと思います。今、そんな人がいるんでしょうか。でも、霊的なことが理解できる人でないと、能を現代に結びつけるのは難しいのではないかと思うんですが、どうなんでしょう・・・。



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★8月2日「南北朝統一の可能性」

最近あちこちの神社で、「女系天皇反対」のポスターを見かけます。愛子さんが天皇になった場合、民間の男性と結婚し、その子が天皇になると、女系天皇が即位したことになります。

天皇は、伝統的に男系で続いており、女性天皇は存在しても女系天皇は存在しなかったため、この伝統を変えるべきでないというのが、神社側の主張です。

最近ご縁があって通っている、小室浅間神社で宿泊した部屋にも、パンフレットが置いてありました。

その時ちょうど、花ももさんが明治天皇の話をされたので、私は明治天皇は南朝の天皇だと話していました。

南北朝の統一は、3代将軍足利義満の時に、為されたとされています。けれど、現在もまだ、南北朝は続いています。江戸時代の末期、北朝の孝明天皇に代わって、南朝の明治天皇が擁立されて即位しました。今の天皇は南朝なんです。

それからそのパンフレットをぱらぱらと読んでいると、神社側として、どうすればいいかというと、現在の天皇の男子である、皇太子と秋篠宮に男子がなければ、男系が途絶えるため、旧皇族の皇籍を復活させる方法があると書いてありました。

なるほど、それでその旧皇族が北朝で、南朝の皇族と結婚なんかしたら、南北朝が統一されるのにと話していたら、候補になっている一部の旧皇族の方は北朝で、その家には明治天皇の内親王(娘)がすでに嫁いでいると書いてありました。

おお何と、それらの人が皇籍復活して天皇になったら、これで本当に南北朝が終わる!候補はその方たちだけではないでしょうから、決まったわけじゃありませんが。

とてもわくわくするお話です。南北朝が終わる道がある!実現したら、大塔宮も、後醍醐天皇も、光厳天皇も、きっと喜んでくれる!尊氏も大喜びする!



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★7月27日「草薙の剣」

雨が降るたびに来宮神社に行きたくて、恋しくて、もう苦しくなってきていて、でもどうしてもバイクで行きたくて、今日ようやく、バイクで行ってこれました。

あんなに強烈にひかれるのは、なぜなんだろうと考えながら参拝していると、三方に剣が乗せられて見えてきました。それは、私が前に納めた草薙の剣でしょ?返してくれるのかな、また身体に納めるとか?

すると、私のとなりの女性が、私の代わりに剣の乗った三方を受け取りました。その女性は、私のお付の人みたいな感じでした。こうやって、私の知らない間に、勝手に周りでいろんなことをしてるんだな〜。

このやり取りの様子を、私は他人事のようにながめていました。私は、来宮神社への思いがつのって苦しかったのから解放されて、ただぼんやりしていました。

いつも親切なご神木の楠さんに、草薙の剣を返してもらったことを報告したら、にこにこしてくれました。

後から考えてみたら、この用事のためにバイクで来る必要があったわけですね。私のバイクは、草薙の剣の代理なので。だから苦しくてたまらなくなっても、バイクで来られるまで待たされたわけですね。

苦しくてたまらなくなったのも、この用事があるから、どうしても行かなくちゃいけないと、首に綱を付けられていたんでしょう。

でも、こんな用事がなくても、私はいつも来宮神社には、遠距離恋愛の恋人のようにひきつけられてしまいます。誰にひきつけられているのか、日本武尊なのか五十猛命なのか、わかりません。五十猛命の方が怪しいんじゃないかと思うんですが。おや、これも両方とも「タケ」つながり?

夕方、ふと来宮神社を思い出して、また行きたくなりました。そう思ってから、今日行ったばっかりなのにと気づいて、自分であきれました。本当、このひかれ具合って何?それにしては、来宮神社で号泣って、あまりないんですけどね。



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江ノ島神社境内末社八坂神社神幸祭「神輿海中渡御」 2006.7.16
★7月16日「天王祭」

江ノ島神社境内末社八坂神社神幸祭「神輿海中渡御」というのに行ってきました。江ノ島神社と、対岸の小動(こゆるぎ)神社共同で行われる、素盞鳴命の夏祭りです。

昔、小動神社で祀られていたご神体が、大波で江ノ島に流れついたことから、江ノ島で素盞鳴命が祀られるようになったそうです。1年に1回、祭礼の日に、江ノ島の八坂神社から対岸の小動神社へ、素盞鳴命がお帰りになるというお祭りです。

まずは、八坂神社へお参りしました。

午前中に八坂神社から出発したお神輿は、11時に江ノ島の海に入りました。写真の旗は17年と書いてありますが、今年の写真ですよ。
 


どんどん海の中に入っていくお神輿。向こうの船の上から、神主さんたちが、洗面器みたいな入れ物で、海の水をすくっては、お神輿にかけ続けていました。このお仕事は、若い新入り神主さんの係でしょうね〜。後ろに見えるのは、お囃子の船。遠くにかすんで見えるのは、稲村ガ崎。


また別の船には、神主さんと巫女さんが乗って、見守っていました。

昔は海中をかついで渡ったそうですが、現在はいったん江ノ島へ上がり、橋を渡って、道路をかついでいきます。海は干潮で、靴のまま歩いて渡っている人がいたので、水のせいではなく、対岸の海の家や海水浴客を避けてということみたいです。


対岸の、片瀬東海岸の様子は、こんな風。

龍口寺前では、小動神社のお神輿が待っていて、合流します。

 
今回も、素佐之男さんにごあいさつ。祈ららの会員の方に氏子さんがいらっしゃって、お祭りの日程を教えてくださいました。私は、お神輿よりも先に小動神社まで行って、参拝しました。

 → 
写真中央あたりに、オレンジ色の「電車」の文字が点灯していて、これから江ノ電がやってきます。江ノ電が近づいてきたので、道を開けました。



江ノ電の行ってしまった道は、また人で埋め尽くされ、八坂神社と小動神社のお神輿が、仲良く小動神社入り口までかつがれて行きます。

今年はここまでで帰りました。前回はここからの参加だったので、これで全部見ました〜。前回の様子は、2年前の日記の、7月11日のところにあります。

毎度、このお祭りは、良い感じの写真が大漁で、うれしいです〜。



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木曽御嶽山 2006.7.9
★7月9日「御嶽(おんたけ)神社」

木曽御嶽山の御嶽神社へ参拝してきました。加波山神社のお札は、何となく江ノ島神社へ納めてしまいましたが、国常さんのお札は欲しいんです。それで急に思いついて、行く気になりました。

塩尻インターを降りると、気分さっぱり、お風呂上りみたいに気持ち良くなりました。お〜、すごく良さそうな感じ、お出迎えだ〜。

国道20号線終わりの標識がありました。甲州街道って、塩尻で終わりなんですね。そこからは国道19号線になっていました。このまままっすぐ行くと、熱田神宮まで連れて行ってくれるんだなあ。前に来た時も、19号線を走りながら、そう思ったんでした。

木曽へ向かって走っていると、もううるうるきてしまいます。

19号線を走っていたら、急に土砂降りの雨になりました。あー、参拝前の禊(みそぎ)だよ、はいはい・・・。出雲系だから、しとしとじゃなく土砂降りね。国常さんは龍神だし。しばらくすると、雨は止みました。

途中で、道の駅へ寄り、お昼を食べました。私は、集中しにくくなるので、参拝前にはあまり食事をしたくないんですが、今回は食べろとすすめられるのを感じるので、素直にそうしました。後から、集中の必要などなかったからだと、わかりました。自信満々の国常さんたち。

そばを食べて、何だか欲しくなって、とち餅を買いました。子供たちへのおみやげに、ほうば巻も買いました。木の枝についたままの葉で巻かれた、めずらしいお餅です。道の駅にいる時は、晴れていました。

また車を走らせていると、とち餅を食べろ食べろと、盛んにすすめられ、参拝前にお腹いっぱいになっちゃうよと思いながらも、食べることにしました。一口ほおばってみたら、ふわふわで柔らかーい、できたてのお饅頭でした。こんなに柔らかいから、今すぐ食べさせたかったんだな〜。

里宮だけにしておくか、7合目まで行くか、ずっと迷っていました。とりあえず里宮で降りて、鳥居をくぐりましたが、参拝する気がなくなってしまったので、すぐに車に戻って、7合目を目指しました。雨でも、真っ白で何も見えなくても、7合目の遥拝所まで行くことに決めました。

御嶽山は、ちょうど椿ラインみたいな感じの道で、バイクだったら面白そうでしたが、砂が浮いていて、すべりやすそう。

7合目の駐車場には人が少しいて、お店も開いていました。そこから、遥拝所へ、500メートルほど歩きます。写真左の、白い屋根が遥拝所です。

遥拝所の直前から、雨がぱらついてきました。これは、喜びの、な・み・だ・あ・め。傘がなくても大丈夫な程度の小雨でした。(どしゃぶりの時もあります。相手の気持ち次第)

少し休んで息を整え、祈りはじめると、やっぱり、涙で祈りがとぎれとぎれになります。祈っていると、少し雨が強くなってくるので傘をさそうとすると、またすっと弱くなることのくり返しでした。雨の降り方で、国常さんの気持ちが、手に取るようにわかります。

結局、例のごとく頭が止まってしまったので、「ありがとう、国常さん」としか言えませんでした。そう書くと、今もまた涙が流れてしまう。

でもがんばって、「何かください」とお願いしたら、白いはっぴをかけてくださいました。もしかして、御嶽教って書いてある?と思って確かめてみたら、何も書かれていない真っ白だったので、ほっとしました。嫌いなわけじゃないけど、私はフリーがいいので。お札も見えたので、いただくことにしました。そのつもりで来たんですけど。

社務所でお札をいただくと、いつの間にか、雨がかなり強い降り方になっていました。その雨を見ていると、また涙がこみあげてきて、声を殺して泣きました。

遥拝所を離れると、雨も止みました。

そして、さっきまでは真っ白だった山の雲が切れてきて、下の方から少しずつ姿を現し始めました。そこで撮ったのが、トップページの写真です。もう少しいれば、もっと見えていたかもしれませんが、片道5時間半かかるので、のんびりせずに帰ることにしました。

山の下りは楽しかったです。私は下りが好き。だって、道がちゃんと見えるから。山を走っている間は、登りも下りも雨は降らず、道もドライでした。途中、里宮がありましたが、寄りませんでした。遥拝所で満腹しました。

下界へ降り、19号線へ入る交差点の直前で、また急に雨が降ってきました。さよならの合図ですね。「国常さん、ありがとう!」声に出してはっきりと言うと、また涙が流れました。

国常立命は、私にはおじいちゃんのイメージです。初めて参拝したのは、栃木県小山市須賀神社の末社の、足尾神社で、最初から大泣きしました。私に対しては甘い神様という印象で、特に愛知県にいた時は、真清田神社で、とても優しくしてくれました。

今回は、やっとたどりついたねという感じでした。国常さんはどこでも優しいけど、私が祀るべき国常さんは、御嶽山の国常さんなんだということかな?

里宮のある、龍王村の龍王とは、国常さんのことなんですね。龍王としての雨使い、素晴らしかったです。

ん・・・タケつながり?



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ほうば巻 2006.7.9
★7月5日「ミサイル発射」

きのうは、久しぶりに眠くて頭痛がするので、少し昼寝しました。変だなあと思っていたら、今朝、北朝鮮からミサイル発射のニュースが流れていました。今日もずっと、きのうと同じ調子で、午前中にまた昼寝しました。

神社で参拝しても、全然思い出さないんだけどなあ。私が祈る番じゃないんかしら。私の別の政治得意バージョンが、私のエネルギーだけ取って、何かがんばってるのかな。

神棚では祈ったんですけど、神社では、そのうち思い出したら、祈ります。

日月神示では「北からくる」ということで、ぞっとしますが、「世界が束になって、日本を攻めてくる」という状況ではなさそうなので、まだそこまでいってませんね。



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★6月19日「たけちゃんとのご縁」

馬のたけちゃんは、はじめ府中競馬場で、競走馬の先導をしていたそうです。

私が東京で最初に住んだのが、府中でした。府中市内には、鎌倉攻めの合戦跡地が2ヵ所あります。たけちゃん、鎌倉攻めで戦ってたんだろか。それで、府中競馬場でカルマ浄化してたんだろか。

神社の境内には大塔宮の首塚。

きのうの顔合わせの直前、時間つぶしに寄った本屋さんで見つけて買ったのが、「太平記」の現代語訳解説本。

あーもう、鎌倉攻めのご縁での結びつきなんだなあ。



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小室浅間神社 2006.6.17
★6月17日「小室浅間(おむろせんげん)神社・小御岳(こみたけ)神社」

今朝起きがけに見た夢は、とーっても幸せな夢で、ザビヌルがキーボードを演奏しながら、ずっと私と手をつないでいるんです。(どーやってだ)そして、ビートたけしさんと、背中合わせにもたれあっています。たけしさんはザビヌルと似ているから登場したんだと思うので、本来、手をつないでいるのも、もたれあっているのもザビヌル?ん〜〜、幸せな夢だった〜♪

意識がはっきりしてきたら、今日は富士山へ行くつもりなんでした。用意をしていると、北朝鮮がテポドンの発射準備をしていることが明らかになったと、テレビで言っていました。それで、今日行くんだろか。でも結果的に、参拝中はテポドンのことなど、すっかり忘れていました。

2年前、十束(とつか)の剣にエメラルドを入れてもらった、小御岳神社に行って、お札を納めて、新しいお札をいただいてこなくちゃ。あの参拝が、私にとってどれだけ重要なことだったでしょう。

ところが、インターを通り過ぎて大月まで行ってしまいました。が〜ん。通り過ぎた分の料金は750円。戻るのにまた750円を払うのがしゃくで、下道を走ることにしました。この遠回りは、どこか参拝すべき神社があるに違いない。

すると、まさにここですよと、目の前に現れた神社がありました。道はそこで左折していますが、私はそのまままっすぐ、鳥居を入っていきました。

そこは、小室浅間神社。北口本宮浅間神社の近くにありますが、参拝するのは初めてでした。白い神馬が3頭もいました。

ご神鏡の下に富士山をかたどった飾りがあり、その飾りの真ん中に15センチ位はありそうな、水晶球がはめこまれていました。参拝をはじめると、祈祷がはじまり、ドン、ドン、ドン、ドンと、太鼓が鳴らされました。わりと、いー感じ。

祈り終えて、拝殿を離れようとすると、「おねーさん、おねーさん」と呼ぶ声が。ん?私のこと?神職の方に、話しかけられました。その方は、宮司さんでした。「どこからきたの、ひとりできたの、道に迷って、そりゃ神様のお導きだ、ちょっと待って」と社務所に入って、しばらくしてコーヒーとお菓子を持って出てこられました。

「えー、すいません〜、ありがとうございます〜」といただきながら話していると、「馬に乗ってみない?」と誘われました。えっ、馬!実は、興味があったんです。馬とサーフィンに、すごく興味がありました。胸の中央に、直球を投げ込まれたみたい。

ここの神社さんでは、流鏑馬(やぶさめ)のご神事のために、3頭馬を飼っていて、これから女性や子供も参加できる流鏑馬の行事をはじめるので、参加者を募っているのだそうです。それがちょうど、明日、発足ということでした。

馬には乗ってみたいけど、流鏑馬をやってみたいわけじゃありません。すると乗馬だけでも大丈夫だそうで、料金も、でら安で・・・ここで行動しなければ、今生、もう馬に乗るチャンスはないと思ったので、入会しました。それに、神社だと安心だし。それで、明日、発足と初顔合わせの会のために、また行ってきます。

「明日も来ますので、よろしくおねがいします」とごあいさつして、境内をさらによく見てまわっていたら、鎌倉で殺された大塔宮(おおとうのみや。後醍醐天皇の子で、南朝の武将として活躍。鎌倉の大塔宮のご祭神)の首を埋めた場所という史跡があって、びっくりしました。

大塔宮!?近づくと涙がつるつるとこぼれました。祈ってみると、愛しさがこみあげてきて、さらに涙が流れました。大塔宮とは・・・何だか、この神社とのご縁に、なぞが出てきました。

少し前から木花咲耶姫さんから、何かと援助をいただくようになりました。春に行った、祈ららのシステムの変更は、木花咲耶姫さんからの合図があって実行したんですが、後から気づいたら、素晴らしいタイミングだったんです。

五合目の小御岳神社の磐長姫さんと、先に強く結びつきましたが、今度は、木花咲耶姫さんとの結びつきがいただけるのかもしれません。ご縁をいただいたので、小室浅間神社のお札をいただきました。

その小御岳神社にも参拝しました。十束の剣のメンテナンスをお願いしようと思って、体の中から取り出そうとしましたが、柄の部分を10センチほどしか出せませんでした。柄に入っている、エメラルドだけが出ていれば良かったのかもしれません。

それから、古いお札を差し出すと、新しいお札がするっと手の中に入ってきたので、予定通り、お札をいただくことにしました。

小御岳神社での参拝を終えると、ぽつりぽつりと雨が落ちてきて、長い時間かかって徐々に本降りに変わっていきました。

梅雨の晴れ間だったので、バイクを見るとうらやましくて仕方がありませんでしたが、馬に乗れることになったぞ〜。こっちは生きてるぞ〜。馬って、どんな感じの生き物だろ?

http://www.fgo.jp/~yabusame/



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★6月15日「新しいスーパー」

新しく見つけた、湘南の老舗スーパーで買った、サニーレタスに虫のフンがついていました。おっ、有機野菜!有機野菜コーナーじゃないのに。

マクロビオティックと書かれた、ひえが手に入りました。松田さんのマヨネーズがありました。無添加、無農薬材料を使った調味料がたくさん並んでいました。ふつうのスーパーにある品物もあります。だから店舗の面積のわりに、種類がすごく多い。

これは何ていいスーパーだ!コープよりも、こだわりの強いものがいっぱい。気に入った〜、気に入った〜。近くに引っ越したい位。



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★6月13日「子猫の死」

ドアを開けて階段を下りていくと、階段の途中にカナブンがひっくり返っていました。死んでると思って、こつんと蹴飛ばして、階段の下まで落とそうと思ったら、失敗。その場でカナブンがバタバタしました。

生きてる・・・。生きてるのなら、捕まえて、土と木のある場所に移動させてあげようと思いましたが、うまく起き上がれないし、動かない足がありました。木には止まれなさそうだし、土のあるところに置いたら、死ぬより先にアリに食べられると思ったので、そのまま階段に置いておきました。意識がなくなるまで、苦しまないでいられると思ったからです。考えてみたら、これが前奏曲だったのですね。

ここから先は、気持ちの悪いものが苦手な方は、読まないでね。

買い物の帰りに、反対車線で子猫が車にひかれて死んでいました。まだぐちゃぐちゃにつぶされていなかったので、車を近くに停めて、ビニール袋と赤い三角形と、ちょうど道端に落ちていた新聞紙を拾って現場へ行きました。赤い三角形は、初めて使いました。

こういう状態で死んでいる生き物がいた時は、道の端に寄せるようにしていましたが、次に見た時には、寄せるだけでなく、その先までやろうと決めていました。

はじめ、新聞紙をちり取りのようにして何とか子猫を乗せようとしていたんですが、体からはみ出した内臓のピンク色を見ていると、だんだんと可愛く思えてきて、新聞紙ごしに子猫の体をつかんで、ビニール袋へ入れました。

肉とか内臓とかって、生き物なら似たりよったりなんですね。鶏肉と変わりなく、というより、もっと新鮮でぴちぴちしてきれいでした。

そしてそのまま、ゴミ焼却センターへ持って行きました。行き先は、これで良かったのかどうか、よくわかりません。あの子猫が飼い猫だったら、どうしたらいいんだろう?近所に尋ねて回った方が良かった?あんな交通量の多いところで放し飼いにするだろか?4車線道路+公園+団地という環境だったので、勝手に野良猫に決めさせてもらいました。

とにかく、持ち込みゴミということになり、4階建て位の体育館ほどの大きなゴミ捨て部屋の上から、ビニール袋ごと捨てられました。ゴミの臭いがプンプンしていて、そこで働いていらっしゃる人に、頭が下がります。

あの子猫の死と、内臓の美しさは、私が確認しました。自分の体の中も、こんなになっているのかと思うと、うれしかったです。生きていた時にはもっと美しかったのかもしれませんが、死んでもまだ美しかったよ。

帰ってから、馬頭観音様をお呼びして供養しました。あの子猫の家族と、人間の家族がいれば人間の家族にも知らせてもらい、みんなの心を癒してもらえるように、祈りました。

悟りについて、振り返るようになってから、死について考えめぐらせます。悟りと死は、切っても切れない仲です。それで、自分の内面が、死の現実を引き寄せたんだろうなと思います。



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手作りクリームと石けん 2006.6.6
★6月6日「手作りクリーム」

クリーム類がなくなったので、ライトクリームとリップクリームを作りました。後ろに写っているのは、自分で作った石けんです。上は、シャンプー、洗顔、ボディ用。下は食器洗い用。

基礎化粧品は、全部手作りしています。酸化防止剤を使わないので、市販のものよりも持ちが悪いですが、使い心地は高級化粧品並みか、それ以上です。

私にとって化粧品作りは、食事作りと同じ感覚になりました。化粧品は本来、生ものだと思うようになったので、もしも将来、生鮮食料品売り場に化粧品が並ぶことがあったら、買うかもしれませんが、そうでなければ、ずっと作り続けていきたいです。



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弁天あめ 2006.5.26
★5月26日「弁天あめ」

20日に江ノ島へ行った時、こんなあめを見つけたので、子供たちへのおみやげに買って帰りました。おみやげもの屋さんにありました。ずっとバッグの中に入れたままになっていて、今日、気づいて渡しました。

子供がこれをなめて、「神社の木のにおいがする」と言います。「神社の木も、神社じゃないところの木も、木のにおいは同じでしょ」と言いながら私もかいでみると・・・うーん、それは確かに、神社の木のにおいでした!

神社の木のにおいってどんなにおい〜?それは、買ってなめて、確かめてみてくださいな♪



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江ノ島ヨットハーバー 2006.5.20
★5月20日「江ノ島神社の虹」

今日は午後から雨だと知っていましたが、江ノ島神社に行くことに決めていました。まず他の用事で早めに出かけ、出かけてから傘を入れ忘れたことに気づきましたが、最初からバッグに入っていました。

江ノ島は相変わらず、カップルだらけ。辺津宮(三女神)では、ふんわりと良い雰囲気で迎えていただけました。気持ちが良かったです。江ノ島神社や他の神社の、古いお札類を納めました。

今日は八坂神社(素佐之男命)もいい感じ。

中津宮の手前で急に雨が降ってきました。傘を用意しいてる間にもどんどん濡れるほどの勢いでした。弁天さんにしてはめずらしい、強い雨でした。

中津宮(市杵島姫命=弁財天)では、最近私が考えていたことについて、何も訊ねたり考えたりしていませんでしたが、回答をいただけました。それで、そのことが私にとって重要なことだったんだなと気づきました。

奥津宮(多紀理姫命)でも、同じことについて、別の回答をいただけました。その問題は、私と多紀理姫命との間のカルマだったのであり、今、そのカルマが終わって、多紀理姫命との和解が成立したということでした。私は自分の対応の未熟な部分に不満がありましたが、もうそれで良かったみたいです。

奥津宮で祈り終えると雨が弱くなり、江ノ島らしいしとしと降りになりました。中津宮から奥津宮までだけ、強く降っていたのでした。

竜宮社では、いつもよりは弱く普通の反応でした。今日は、中津宮と奥津宮へのご用だったんですね。

私は今回、たんぽぽの種をいただいて帰るつもりでいました。島内のどこでいただくかが問題でしたが、見つけたところのものをいただこうと思っていました。竜宮社の周りをひと回りすると、綿毛ができていたので、つまんでティッシュペーパーに包みました。するとその瞬間、ずきんと頭痛が・・・。あ、だめだ・・・包んだ綿毛をその場ではらいました。ここじゃ、だめなんだ〜。

それじゃ、辺津宮なのかなあ。辺津宮までもどりましたが、たんぽぽは見当たりません。辺津宮の階段を下りながら、もうやめようかなと考えていると、亀が階段の隅にいるのに気づきました。その亀を池まで連れて行って放し、亀は縁起がいいものだから、今日、種を取って帰りなさいよと言われてるんだなと思いました。(多紀理姫命を祀っている奥津宮に、大きな亀の絵が描いてあるから亀なのだと、後から気づきました)

辺津宮の下から、今度は別の階段を上がり、たんぽぽを探しながら歩いていた時、周囲の人たちが騒ぎ始めました。「わあ〜、きれい!」「虹が出てる!」

虹は今まさにできつつあるところで、長さがどんどん伸び、色もどんどん濃くなっていました。端から端までしっかりした、大きな完全な虹が出来上がると、その外側にも2番目の虹ができました。それから、内側の虹の方は虹が3連つながり、最終的に21段の虹色の縞々になりました。外側の虹の付け根には、私の車が停まっていました。

私はちょうど展望台にいたので、虹のショーをベストポジションで見ることができました。その展望台は中津宮の近くにあるので、弁天様のお祝いとお計らいなんでしょう。

虹は10分ほどの間で消えてしまいました。今まで私が見た最高の虹は、10年以上前に祈ららの祈りを始めて、鎮守参拝21日間が終了した日に、鎮守の鳥居を出た時に見た、完全な虹だったのですが、今回は3連+1連で合計4連の完全な虹で、人生最高の虹でした。もうこれと同じものや、これ以上のものを見ることはないかもしれません。写真では残念なことに、内側の虹は1連にしか写っていませんが。3連は3女神、+1連は龍神ってこと?

多紀理姫さんとの和解って、そんなに素晴らしいことなのか・・・?私には実感として、よくわかりません。

虹が薄れてきたので、さらに綿毛を求めて中津宮を調べ、もう本当にやめようと思いながら帰りの道を歩き始めた時、あったんです。それは、前回この場所を通った時、「今度来た時に綿毛ができてたら、取っていこう」と決めた、まさにそのたんぽぽでした。あの時に約束ができていて、連れて帰るのはあの子の綿毛だと決まっていたんでしょう。私って、鈍いんです〜。

うちに帰って、綿毛をくるんだティッシュペーパーを、たくさんのお札の前に置きました。

今日のことを長男に話すと、大雨が降ってきた時、またお母さんが何かやらかした気がしたんだそうです。



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虹のつけ根 2006.5.20
★5月13日「悟り」

今日は、釈迦が生まれ、悟り、亡くなった日と言われる5月の満月、ウエサク祭です。

2年前の今日、満月ツーリングでバイク仲間と初めて集いました。その5日前にはNSRさんとだけ会い、10日後にはみんなでツーリングに出かけて、私は転倒しました。ウエサク祭をはさんだ15日間の出来事でした。

転倒を機に感覚が変わり、後から自分が悟っていることに気づきました。それ以後、もう以前の自分に戻ることはありませんでした。

あまりにも当たり前の感覚なので、悟りって何だったっけと忘れてしまいそうになりますが、禅問答について読んでみると、やはり今の自分のことが書いてあるので、うまく説明してくれてるなあと関心します。

転倒の1年前には自分が完成した感じがあり、そこまでは内省とカルマ浄化(祈ららの祈り)でクリアしました。そこから1年かけて、意味はよくわかっていませんでしたが、悟り(事故)のための準備をいろいろと整えていたように思います。その準備が整ってすぐの事故でした。

悟りから2年、ずっと今の世界を鑑賞してきました。そして、ただ遊んできました。これから、どうしていくのでしょう。それはまだ、わかりません。以前ここへ到達した後、私は何をしたんだろう、なぜもう一度生まれてここへ至ろうとしたんだろうと思います。

このごろは、自分はこの肉体を持っている自分がすべてではないと感じるようになりました。この自分は自分の一部であり、本体は別にいて、それが本当の自分だと感じます。

カルマは個人的なものではなく、この本体のもの、あるいはその本体が属しているそのまた本体やグループのものだと感じます。だから、ひとりのカルマ浄化はグループ全体への貢献ともなり、大きな意味を持ってきます。

前世は、どういうしくみになっているのか、わかりません。本体を介した別の誰かの記憶を読んでいるだけなのかもしれません。それも自分と言っていいようなので。

自分は、自分の枝葉として今生を生きています。

悟りは、生きたまま死んで生まれるような体験でした。それが象徴的に、事故という経験を呼び寄せたのだなと思います。釈迦の生誕と死の日に悟りの日が並んでいるのは、自然なことと感じます。



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ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン熱狂の日音楽祭2006 2006.5.6
★5月6日「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」

モーツァルト生誕250周年で、各地でコンサートやイベントが開催されていますが、私は東京国際フォーラムで催された、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン熱狂の日音楽祭2006」に出かけてきました。

このイベントでは、ひとりの作曲家だけで数日間、いくつものホールで一日中コンサートが開かれます。今年はモーツァルトで、東京国際フォーラムの5つの主なホールと、10ヶ所程の他の会場とで10日間、コンサートやイベントがくり広げられました。

私は、6日に開催された3つのコンサートのチケットを手に入れていました。コンサートはどれも1時間程度のものです。

写真は、到着してすぐ、展示ホールで演奏されていた近所の中学生のコンサートを撮影しました。他のホールは、こんなオープンな場所ではなく、ちゃんとしたコンサートホールです。

最初に聴いたのは、「ミサ曲ハ短調」でした。この曲の最初のソプラノ独唱の美しい旋律が大好きなんです。その後のソプラノの二重唱も。

会場は普通の大ホール程度の大きさで、席は前から3列目の真ん中あたりでした。こんな場所で、合唱曲が聴けるなんて、夢みたい。本当は音楽は20列目の真ん中あたりが一番いいんでしょうが、やっぱり前になるほど臨場感がありますからね。

聴いていると、モーツァルトがあの手この手で聴衆を飽きさせないようにくふうしてこの曲を書いていることが伝わってきました。モーツァルトはエンターテイナーなので、最初に人をひきつける美しいアリア、それから曲芸的なテクニックの披露、スリリングな二重唱と、あの手この手の手法がちりばめられ、華やかなミサ曲になっています。けれど、途中からモーツァルト自身がやる気をなくしたのか、前半ほどのおもしろみはなくなります。

演奏はカティア・ヴェレタズ(ソプラノ)、谷村由美子(ソプラノ)、ローザンヌ声楽アンサンブル、シンフォニア・ヴァルソヴィア、ミシェル・コルボ(指揮)でした。

二人のソプラノは、シャープでパンチのある人と、まろやかな人と、体型通りの歌でした。オーケストラは普通でしたが、合唱はとても良かったです。


ふたつ目のプログラムは「ピアノ協奏曲第20番と交響曲第31番」でした。会場は先ほどと同じホールで、3列目の真ん中辺。さっき座ったところから4つ隣の席でした。さっき右隣にいた男の子が、今度は左隣に座っていました。

ピアノが良くなくてがっかり。それでも大拍手なのは、オーケストラと指揮が良かったからかもしれません。オーケストラは、トウキョウ・モーツァルト・プレイヤーズで、指揮は沼尻竜典。日本のオーケストラで、指揮の沼尻さんが率いています。日本人だったので期待していませんでしたが、日本にもこんないいオーケストラがあるのかと驚きました。

日本人が良くなると、ドイツ風になるものなのかなあと思いました。真面目さによる技術志向、お互いに合わせる気質などのせいか、アンサンブルがバッチリ決まっていました。

交響曲第31番は、あまりぱっとしない曲ですが、このオーケストラの演奏だと全然飽きることがありませんでした。このオーケストラと指揮ならば、誰のどんな曲でもスリリングに聴ける気がします。

ただ、私はこのごろ、クラシック音楽は西洋の民俗音楽だと思って聴いているので、ヨーロッパの民俗音楽らしさを期待することができないと、ちょっとマイナス。


最後のプログラムは「レクイエムとアヴェ・ヴェルム・コルプス」でした。会場は、普通の大ホール2つ分はありそうな広―いホールで、座席は一列目の真ん中から少しヴァイオリン寄りでした。コンサートマスター(オーケストラの代表者。一番手前で一番中央寄りのヴァイオリン奏者)を右斜め後ろから見る感じでした。

ライブハウス以外で最前列に座ったのは、初めてのことでした。しかも最も愛しているモーツァルトの、さらに最も愛しているレクイエムで。私があまりにもモーツァルトを愛しているので、こんなプレゼントがもらえたのかなあ。

スンハエ・イム(ソプラノ)、カレン・カーギル(アルト)、ユッシ・ミュリュス(テノール)、コンラッド・ジャーノット(バリトン)、RIAS室内合唱団、ベルリン古楽アカデミー、トヌ・カリユステ(指揮)。

レクイエムを生で初めて聴くので、あまりにもうれしくて興奮しないように、指揮者が集中しはじめると深呼吸をしました。今日聴いた曲は全部、生では初めてでしたが、レクイエムは思い入れが強いので。

ところが演奏が始まってすぐ、オーケストラの音にびっくり。この深みのない、のびのない、貧弱な音は何!?高校生みたいな音・・・。でもだんだんわかってきました。使っている楽器が、古典楽器だったんです。

そういえぱこういう音、CDで聴いたことがある気がしました。なんだこれと思って、聴き流してしまったんでした。最近はモーツァルトの時代の楽器を使って、当時の演奏を再現する試みが流行っているということを、どこかで読んだことがありました。

ヴァイオリンは現代ものとどこが違うのか、よくわかりません。でも、管楽器たちが、ものすごく形が違っていました。チェロやコントラバスも、見た目よくわかりませんが、チェロに足がありませんでした。楽器は古いですが、合唱と歌手は現代の人ですから、古典風ではありません。

テンポは速めでした。もうちょっとゆっくりめの方が、好みだったけど。楽器が古典なので、演奏は速くしてバランスをとってるのかな。

レクイエムは、クラリネット協奏曲と一緒に1本のテープに録音したものを3本ほど作り、レコードだったら磨り減るだろうほど聴きましたから、モーツァルトが書いたところまでは1曲のように聴こえます。こうして生の演奏を聴いてみると、すべての曲の非凡さをあらためて感じました。

モーツァルトが絶筆した最後の音は、どの指揮者も心をこめて演奏しているように思います。

問題はそれから先なんですが・・・、私はずっとモーツァルトが絶筆した「涙の日」までしか聴いていませんでした。リッカルド・ムーティのレクイエムを聴くようになってから、それから先も聴くようになりました。

宗教音楽として最後まで演奏されるのを聴いていると、ひとつひとつの曲のサビのフレーズは、モーツァルトが指示していたんだなと思いました。モーツァルトらしい美しいフレーズが、どの曲にもサビの部分に1〜2小節程度あるんです。そのフレーズを元に、お弟子さんが完成させたんじゃないかと思いました。

演奏が終わると、喝采でした。昔の音にも、最後の方はかなり慣れました。

「アヴェ・ヴェルム・コルプス」は、モーツァルトの最晩年の小品で、旋律の美しさと、演奏しやすく聴きやすい短さのためか、あちこちでよく使われる曲です。トップページにMIDIを貼り付けましたので、聴いてみてくださいね。

音楽祭の最後なので、アンコールがありました。フリーメーソンのためのなんとか〜という曲で、最近、モーツァルトの最後の曲と言われるようになった曲だそうです。「アヴェ・ヴェルム・コルプス」と感じの似た、静かな短い曲でした。

今回は3つのコンサート全部、いい席のチケットが手に入りましたが、こられのチケットは、発売と同時にインターネットで注文しました。3枚買うのに、アクセスが集中してつながらなかったり、延々時間がかかったり、何度も時間切れになったりしながら、苦労して買いました。

チケットを買うのが大変だったので、もっと後ろの方かと思っていましたから、実際に座ってみて、席の良さにびっくりしました。チケットは、できるだけぴ○を利用しないのが、いい席を確保するコツだと思っています。

クラシックのコンサートでは、演奏がすばらしかった時、その場で拍手できないというのが、ちょっと苦痛です。曲が3楽章全部終わるのを待たなくちゃ拍手できない、これって変えてもらえるといいのにな。



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天河神社 2006.5.4
★5月4日「天河ツアー」

祈ららのメンバー3人と私、合計4人で天河神社へ出かけてきました。新大阪からレンタカーを借りて、ナビの使い方でひと騒動しながらも、一路天河へ。今回は、メンバーの国子さんが言い出しっぺ&運転手を務めてくれました。

道は行きも帰りも一部渋滞しているところがありましたが、くたくたになるようなひどい渋滞の仕方ではなかったと思います。

4人のうち、私ともうひとりの方は何度も来たことがあり、他のふたりは初めてでした。

天河神社は、普段の土日よりは人が多かったです。清らかで澄んだ空気はいつも通りでした。

訪れるたびに、社殿の木の色が変わっていきます。初めて来た時はぴかぴかの白木で、華やかできらきらした印象でしたが、だんだんと木の色はくすみ、渋みが出てきました。これから徐々に長い年月をかけて、重厚さが出てくるんでしょう。

祈る人は次々とやってきて、それぞれの方法で祈ります。ここは他の神社とは違う、マニアックな人が多く来る所なので、祈り方も普通じゃない人がかなり多いです。

私自身の祈りは、いつも通りという感じで、普通でした。今日は自分の目的のために来たのではないので、あまり重みのない参拝です。他の3人もそれぞれ好きなように祈り、好きなように振舞っていました。

しばらく境内をうろうろしたり、おみくじを引いたりしてから、近所のお店でお昼ご飯を食べ、次の目的地、橿原神宮に向けて出発しました。丹生川上神社中社へ寄るつもりでいましたが、遠いので、帰路の途中で寄れる橿原神宮にしました。

途中、道沿いの丹生川上神社下社へ立ち寄りました。本当に道沿いなので、天河へ出かけた人が、よく立ち寄る神社ですね。ゴールデンウィークだからか、初めて拝殿の扉と社務所が開いていました。

おみくじを引いたふたりが、葉書のいわれとなる木から、枝と葉を折り分けていただきました。その葉の裏に細い棒で傷をつけると、傷の部分が黒く浮かび上がるので、紙と墨の代わりとして文字を書き、送ったのだそうです。だから葉書というのだそうです。

橿原神宮のご祭神は、神武天皇夫妻。穏やかに優しく迎えていただけました。神武天皇は誰に対しても優しいので、神社好きの方の間でも人気の高い方です。

それから高速の渋滞を気にしながら新大阪へ帰りましたが、大したことがなく、レンタカーの時間に余裕で間に合いました。ゴールデンウィークのため、空いているガソリンスタンドが少なくて探しまくりましたが。

新大阪駅で、みんなでカレーを食べ、さよならしました。楽しく過ごせた一日でした。みなさんお疲れ様。いつもながら、祈ららには素敵な人ばかり集まってくるなあと、うれしくなりました。帰りの新幹線は、ちゃんと座れましたよ。



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藤森神社 2006.5.3
★5月3日「藤森(ふじのもり)神社」

北野天満宮、神護寺、平岡八幡宮、上賀茂神社、大田神社、下鴨神社と参拝して、最後に、少し離れていますが、藤森神社へ参拝しました。伏見稲荷の南にあり、菖蒲の節句発祥の地です。端午の節句は中国からの輸入品ですが、菖蒲の節句は日本で始まりました。

5月5日が近いせいか、参拝したい気持ちが強かったんです。以前参拝した時の、境内のさわやかな感覚を盛んに思い出しては、ひきつけられます。

まだ3日なので、誰もいないところで、ひっそりと参拝するつもりでいましたが・・・お祭りでした。人だらけで、露天が立ち並び、お神輿が置いてあって、たくさんのお酒が奉納されて並んでいました。

ご祭神名を見ると、素盞鳴命他。そうだったのか、ひよえ。神功皇后が創建したとのことで、1800年の古社です。

参拝しようとすると、5日のお祭りに参加する男の子達が、羽織袴にハチマキ姿でずらりと並んで、清めの祈祷を受けはじめたところでした。

祈りながら涙がこぼれそうになって仕方がありませんでしたが、周辺ではにぎやかにしているし、人がたくさんいて、この男の子たちの祈祷がすみしだい何かの用意にかかるような雰囲気だったので、一生懸命にこらえました。

久しぶりに、素盞鳴命の暖かくて強い迫力あるエネルギーに包まれました。本当に必要な時にしか、現れてくれないやり方です。

祈りを切り上げて、わらで作ったちまきの飾りを求めました。我が家には男の子が二人いますし、家族3人共ちまきが大好き。

レンタカーを返す時間があるので、あまりゆっくりせずに出発しました。気づいたら、京都に入ってから始まって、藤森神社へ入るまで続いていた頭痛が消えていました。いつも北野天満宮でやっていただいていたことを、今日は素佐之男さんがやってくれたんだ・・・。これから、京都で体がつらくなったらいつでも、ここへも来られるんだ。

レンタカーは時間以内に返すことができ、京都駅で夕ご飯を食べてから、大阪へ移動してホテルに泊まりました。ホテルは安いのに、部屋の中に嫌な感じがなく、楽に過ごせました。旅行中ではめずらしいことですが、すっと眠りについてよく眠れました。



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下鴨神社 2006.5.3
★5月3日「加茂御祖神社(かもみおやじんじゃ。通称、下鴨神社)」

奈良・葛城から始まった加茂族の移動は、ここ下鴨神社で終わります。上賀茂神社のご祭神は子供、下鴨神社のご祭神は親です。

ご祭神は、賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと。事代主命のこと)と玉依媛命(たまよりひめのみこと。有名な玉依姫命とは同名異神)。

神社は葵祭が始まったばかりで、流鏑馬が終了したところでした。境内は、葵?の葉っぱで、古式ゆかしい飾りつけがされていました。祈りは普通の感じでした。

河合神社へも参拝しました。ご祭神は、玉依姫命。下鴨神社の境外(ほとんど境内)摂社です。

名物の、みたらし茶屋のみたらしだんごを買いました。5個のだんごがついていて、一番上の1個だけが他の4個と離れています。だんご屋さんの説明文には、下鴨神社の「御手洗池の湧き出す水玉を形どりて」と書いてありますが、確か五体を表すとも言われていたと思います。みたらし団子発祥の地だそうです。私にとっては、加茂一族への祈りの過程修了のしるしでした。



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みたらし茶屋のみたらし団子 2006.5.3

北野天満宮 2006.5.3
★5月3日「北野天満宮」

京都へ出かけるというのに、めずらしく前夜よく眠れました。不思議だなあと思っていたら、新幹線で品川から京都まで座れませんでした。うまくやってくれるよ、いつも。

私(祈ららの祈り)の参拝は、たくさんの人(霊)を救う内容になっているので、邪魔も強くかかるし、守護も強く、邪魔と守護のせめぎあいみたいになります。特に関西は歴史が古く、参拝ひとつが大きな仕事になるので、他ではない特別モードに入る感じがします。周りの存在が、本気出してる感じ。

京都へ着いたらすぐに、デパートの地下で高めのおにぎりを買って、レンタカーの手続きをして、食べながら運転。

北野天満宮は、ブルーレースへの祈祷の折に、おいでとお誘いがあったので参拝しました。いつも祈祷でお世話になりながら、祈祷をはじめてからは一度も、ちゃんと参拝していませんでしたから。ご祭神は菅原道真公。

神社では、よく参拝のために行列ができていますが、私は並ぶことはありません。行列の先頭の隣で、好きなように祈っています。どうせいつも参拝が長いので、誰もいなくても中央からずれて祈っていますし、鈴はいつも鳴らしませんから。今回も行列していましたが、一番前までさっさと歩いていって、鈴を鳴らさずに祈りました。

祈った感じは、気持ちの許せる友人のような感覚でした。和やかで、境内にいるのが快適でした。大きな丸いものをいただき、両手を広げて受け取りました。エネルギーをくださったということかな。ちょっと涙ぐみ。新幹線の疲れを取ってくれました。

北野天満宮は体の苦痛をとってくれるので、いつも一日の最後あたりに参拝していて、すでに閉まっていることも多く、こんな昼間にのんびりと参拝するのは、めずらしいことでした。

ここでふと思ったんです。取っておきの場所に最初に参拝してしまって、今日の最後は大丈夫かなって。



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遊行寺 2006.4.30
★5月2日「遊行寺」

遊行寺に参拝しました。長男の、受験合格お礼参りです。いつも通り、シンプルで親切な感じでした。

写真のイチョウは、ほんと大きい。左下に、人がふたり写っているので(肩の部分が白い人と、全身黒っぽい人)、大きさを想像してください。ただし、右側からせり出しているのは、ほかの木(桜かな?)です。

4月29日から、土日月と、パソコンの初期化をしていました。このごろはハードディスクをまるごとバックアップしているので、さっさとできるつもりでいたら・・・やっぱり、いつも通りでした。

せっかく機能があるんだから、やり方をちゃんとチェックしておかなくちゃいけませんでした。一部使えないソフトが出てきたり、なんか変な具合だったり・・・悲し。



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2006.4.16 伊豆山神社・雷電社
★4月9日「裕気取り」

今日は私にとって不運な日だと、ある身近な占い師が言い、それなのにバイクで出かけたいと話すと、南東の方角へ行けということで、三浦半島へ行ってきました。

その方向は裕気取りに良いとのことで、お水取りとして、お店に入って何か飲めとのお達しに、デニーズでダージリンを飲みました。今日は甘いのはだめらしいので、ミルクだけで。

裕気取りをすると、良い気をわらわらとつけて帰ってくるんだそうで、何だか元気になったかもしれませんが、バイクに疲れない程度ちょろっとだけ乗ると、いつだって元気になりますから、裕気取りの効果かどうかはわかりません。直後よりも、今月16日ごろに効果があれば出てくるのだそう。

ふーん、どんなもんでしょ。



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森戸海岸 2006.4.9
★3月29日「自然食品店撤去」

よく行くスーパーの中にあった、自然食品店がなくなっていました・・・。

自然食品店は小さなお店がほとんどで、駐車場がなくて、車で買い物に行きにくいんです。お店の中だけでは、買い物し足りないので、はしごしなくちゃいけないし。

車で行けて、足りないものはすぐその場で周りで買えてと、便利だったんですけどねえ・・・健康ブームと言っても、自然食品店でいつも買い物するほど強い意識の人は、少ないみたいですね・・・。



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★3月20日「八幡宮のこと」

八幡宮について考えると、秦一族がキリスト教系ユダヤ人っていうのは本当かどうか、誰か確かめてよ〜と思います。もしそうだったら、八幡宮の母子信仰は、聖母マリアとイエス・キリストへの信仰ってことになるでしょ?時代が合うかどうかも問題だけど。

それから、天皇家との関係をもっと突っ込んで、誰か調べてくれないかなあ。天皇家は、秦氏の伝承を土台にして神話を作ったような感じなんだけどねえ。出身地も朝鮮半島の加羅(加耶)※で、同じだなんて、関係がないと考える方が不自然だと思うんだけど。宇佐八幡宮が天皇家の第二の宗廟だなんて、怪しすぎ!

それからそれから、源氏が八幡宮を氏神にしたのは、源氏の先祖が新羅の弥勒信仰の少年(元は源花と呼ばれた)たちで、その弥勒信仰が八幡宮に入って来ているからと言っている人がいます。(誰だか忘れた)私も、源氏は天皇家の分れなどじゃなく、元々八幡神の子孫か氏子だったんじゃないかと思うんですが、誰か、もっと調べて〜。天皇家と源氏じゃ、性格違い過ぎますからね。

自分で調べろって、そらでけへんから、お願いします。

いつも若宮で、当然のように比売神様が出てこられるのも、考えてみれば不思議。ご祭神は違うんですから。昔は、若宮の場所が本殿だったからなのか、わかりません。

須佐之男命はどうなのと言うと、須佐之男は太陽神系で、弥勒と須佐之男は同体という考え方(大本教)があるので、これですんなりいくのです。でも、須佐之男命ずばりと言うよりも、系統が同じなので須佐之男命も出てこられるという程度かなあ。

この太陽神というのは微妙で、大母の力に従属して、いつまでも大人になれない永遠の少年型でもあります。そこも須佐之男命の前半生とぴったり。

※ 参考図書 「日本古代史と朝鮮」金達寿、 「秦氏の研究」大和岩雄



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2006.3.17 鶴岡八幡宮
★3月17日「鶴岡八幡宮」

本殿ではいつも通り普通の感じで、若宮ではいつも通り、家に帰ったように温かく迎えてくださいました。ふくよかで優しい女神様です。

ふと携帯・パソコンのメール守りというものが目にとまり、いただいてきました。今、パソコンに貼ってあります。

パソコンと言えば、電磁波バスターというものを本体に取り付け、電磁波がなくなりました。5000円程度なので、良いと思います。電磁波を測定する機械は3000円ほど。測ってみたら、デジカメ、冷蔵庫、電子レンジ、石油ファンヒーターが、パソコンよりも電磁波が強かったんです。でも、そんなに買えない・・・。

話はもどりまして、お守りをいただくついでに、鶴岡八幡宮の歴史について書いてある冊子を、ぱらぱらとめくってみました。その冊子にも、八幡宮のご祭神は、比売神が中心であると書かれていますが、その比売神の正体は、残念ながら数冊の歴史書を調べてもつかむことはできませんでした。

調べてわかったことは、次の通りです。八幡神は、朝鮮半島から秦一族が日本に渡来した時に持ってきた、秦一族の氏神でした。秦一族には母子神信仰があり、八幡宮のご祭神は母子神で、母神の方が信仰の中心です。母神の名は豊姫命(とよひめのみこと)ですが、鎮座したのが豊(とよ)の国だからでしょう。

この母子神から朝鮮色を消すために、後から神功皇后・応神天皇ということにされました。宇佐に八幡宮ができてからは、宇佐氏の氏神である三女神もご祭神ということにされました。ですから、現在神社の由緒書きに書かれているご祭神は、3柱目が三女神になっている場合は、3柱共違っているのです。3柱目が比売神と書かれていても、比売神は三女神のことと書かれていれば、同じことです。

伊勢神宮でも、天照大神は男神だと、冊子などには書いてありましたが、特にそれを主張するわけではありませんし、八幡宮でも、新たにわかってきた歴史の事実は受け入れていても、表向きに声を大にして言うわけでもありません。

秦一族が日本に来る前から信仰していた、この女神が誰なのか、そこまでは誰もつきとめることができていないようですが、私は、ルーツはイシュタル(イナンナ)だと思っています。

イシュタルは、シュメールの愛と戦争の女神です。父は月の神ですが、イシュタル本人は金星の性質を持ち、日と月のどちらかにいつも属するわけではありません。

イシュタルは、シュメールでイナンナ(最古)、バビロニアでイシュタル、エジプトでイシス、シリアでアスタルテ、カナンでアナト、北欧でフリッグ、ギリシャでアフロディーテ(ビーナス、マリ)、インドでサラスバティ、弁財天、キリスト教で聖母マリアなどと呼ばれ、変形していきました。その特徴は、息子か自分よりも弱い夫や恋人を従えていて、特に、息子は太陽神であることが多いのです。

八幡宮の童子神は、朝鮮半島で弥勒信仰と習合されて日本に伝わっており、弥勒は、世界的な日と月の対立の中では、太陽神の仲間です。

私は、八幡の神が男性だと思っていながら、ふくよかな女神様が出てこられるのを不思議に感じていたのでした。しかもその女神は、神功皇后ではなく、三女神でもありませんでした。八幡宮の中心でいらっしゃる比売神様は、柔和で温かなお母さんという感じです。

神功皇后は、その女神とは別に感じることもありました。神功皇后は本来のご祭神ではありませんが、ちゃんと勧請されて祀られているからでした。八幡宮で、三女神を感じることはありません。

元々のご祭神が、すり替えられてわからなくなっている神社は多いのですが、神社では、ずっと元々のご祭神が働いているように思います。

けれど、私が八幡宮で感じる悲しい感じは、このご祭神のすり替えだけが原因ではないことがわかりました。八幡宮の元々の社家であったのは秦一族の辛島氏ですが、辛島氏は宇佐神宮から排除され、神社の歴史もでたらめに作られたそうです。

ご祭神としては、自分の名前が消されることは、あまり気にしていないようですが、本来の氏子(恐らく子孫)が神社から排除されて乗っ取られたことは、悲しまずにいられないようです。比売神様が優しくしてくださるたびに、その悲しみに、自分の奥の方が深く共感してしまい、きゅうっと胸が痛みます。

若宮で祈ると、家に帰ったようですが、八幡宮の中に存在する亀裂のようなものも、いつも感じてしまいます。そのぬぐえない緊張感は、私が八幡宮に対して持っているカルマが、なくなっていないからかと思っていたのですが、八幡宮そのものの歴史の問題を感じていたのだと思うようになりました。

今日の日記は、八幡宮の比売神様のために書きました。

参考図書 「秦氏の研究」大和岩雄、「八幡信仰」中野幡能、「宇佐宮」中野幡能



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★1月29日「トゥーツ・シールマンス」

ブルーノート東京に、トゥーツ・シールマンス(ハーモニカ)を聴きに行ってきました。生で聴くのは初めてです。今回は整理券取りのために早く行くということはせず、開演前に入りましたが、近くの席が空いていたので、トゥーツから5メートルほどのところで見ることができました。席は満席でした。

トゥーツは、陽気で明るい、おじいちゃんでした。素朴で暖かく、「古きよき」という言葉がぴったりな、ゆったり懐かしくなるような人柄でした。

手足に肉がなくて細く、ハーモニカやマイクを持つ手がふるえていましたが、演奏中は脇をしめてしっかり固定させていました。耳には補聴器が入っていました。そんななのに、音の遅れやずれは全くなく、勢い充分な演奏だったので、不思議でした。82歳だそうです。

それに、感じが古いのではないかと思っていたのに、そんなこともなく、世界一流の上質な演奏でした。一緒に来ているミュージシャンは、ピアノ、ウッドベース、ドラムで、誠実で温かみのある演奏をする人たちで、トゥーツの好みがよくわかりました。

トゥーツはしっかりコンポーザーとしても働いていて、最初から最後まで、軟弱になりそうなピアニストに拳骨で合図を送ったり、ドラマーをあおったりしていました。

曲目はほとんどスタンダードで、知っている曲がどんどん演奏されました。ブルーゼットは、私がジャズのスタンダードの中で、たぶん一番好きな曲で、トゥーツの曲です。これを目的に来ている人も多かったと思いますが、サンバで元気よく演奏してくれて、ちょっとがっかり〜。ライブでは演奏しないことはない位演奏していて、本人は飽きあきしてるのかもね。

ジャコ・パストリアスの、3 views of a secret を演奏してくれた時は、うれしくてうるうるしました。ジャコとトゥーツのデュオを聴いて、トゥーツを好きになったジャコ・ファンは多いと思います。ジャコがいなくなって、トゥーツも悲しかったんだろうな。

アコースティックギターを用意してあったので、ギターを弾きながら口笛で演奏するスタイルも聴けるかと思いましたが、ずっとハーモニカだけでした。クロマチックハーモニカというものですが、もっと大げさなのかと思ったら、ごくシンプルなもので、横に出ている押しボタンを押して、半音も出せるそうです。3オクターブで、本体が木製なのがトゥーツ・モデルだそう。

想像以上に、しっかりしたいい演奏でした。やっぱり、世界はすごいわ〜。トゥーツの本物、見ておけて良かった。

http://www.bluenote.co.jp/art/20060126.html
bluesette試聴 http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/8164/liveta.html



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2006.1.28 大山から江ノ島・三浦半島を望む
★1月28日「大山阿夫利(おおやまあふり)神社、大山寺(だいさんじ)」

お不動さんの姿絵が黄ばんできたので、新しくいただいてきました。まずは大山阿夫利神社まで、ケーブルで登ります。境内では、節分の豆まきの準備をしていました。普通に祈り、お守りをお返しすることを断って、以前いただいたお守りを納めてきました。今日は、ここでは何ともない感じ。ここには大した用事はなかったみたい。

ケーブルの駅に戻って、次の発車を待っている時、1枚の旗が目につきました。確か「大山不動御開帳」と書いてありました。やった!ご開帳日に来たんだ!や〜った!周りに誰もいなかったら、阿波踊りでもひょっとこ踊りでもしたい気持ちでした。心はもう、大山寺に向って走り降りていて、ケーブルの到着が待ち遠しくて仕方がありませんでした。

ケーブルの不動駅を降りて、大山寺まで走って行き、堂内へ入ると、私はいつも靴を脱いで上がらせていただいて祈るんですが、そこからさらに奥へ「順路」と書いてあることに気づいて、入って行ってみました。前回、ご開帳日に来た時もこうなっていたんでしょうか、私が気づかなかったんでしょうか、奥へ入るのは初めてです。

ご本尊はもちろん不動明王で、その裏には、三面大黒天という仏様が、ご本尊と背中合わせに祀られていました。ご本尊の裏は、よくこんな風になっているものです。

そして、ご本尊の真後ろには立派な奥殿があり、そこに国宝の不動明王が祀られていました。こちらがこのお寺の本当のご本尊であることが、ひと目でわかりました。

正座をして祈り始めたと思うと、般若心経も何も唱えられやしません、次から次へと涙が流れて、頭の中はまっ白で思考が止まってしまい、何も考えられません。ただひたすら泣いていました。隣に誰かがやってきて、不動真言を唱えたので、ああそうか、不動真言ね・・・と祈り方を少し思い出しました。心をこめるなんてこともできず、いつも唱えている祈りの言葉を、何とか口先で言い、涙の勢いがましになるのを待つばかりでした。

しばらくしてからやっとその場を離れて、表側へ回って表のご本尊の足元で、またひと泣き、それから祈祷用に祀られているらしいお不動さんの前でまたひと泣きして、ゆっくりと入り口に戻りました。

新しい姿絵をいただき、前回と同じように大師堂で魂入れをしていただきました。それは初めからそのつもりで来ていたからできたことで、かなり放心状態で、ちょっとふらふらしていたかもしれません。

お堂の前の制叱迦童子(せいたかどうじ)が何だか可愛くて仕方がなくて、頭をなでたくなりましたが、いくら子供と言っても、失礼かなあと思ってがまんしました。

このごろの私にとって、大山は、大山阿夫利神社よりも、大山寺のあるところという意識になってきました。



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★1月14日「白濱(しらはま)神社、雲見浅間(くもみせんげん)神社、三嶋大社」

雨ということがわかっていましたが、その方が道が混まないので、晴れるらしい明日にしないで、車で出かけました。

辻堂を出発したのはお昼の12時。出かけるつもりが全然なかったので、ゆーっくり起きて、急に行く気になって、朝昼兼ねて食べてから出発しました。気温は9度。

時間を優先して、ターンパイクで大観山に着くと、気温は11度。久しぶりの大観山は、2輪置き場が広くなっていました。

伊豆スカイラインを全線走って、天城高原で降りると気温は12度。そこから海岸沿いの135号線まで降りていくと、気温は15度でした。あったかーい!

白浜神社には3時ごろに着きました。暖かかったので、一日中ジャケットが不要でしたが、雨が強くなってきていました。

祈りはとても気持ちよく、穏やかに優しく迎えていただけました。「3年ほど前にいただいた、縁結びのお守りをお返ししようと思うんですが」と尋ねてみると、「せっかく与えたものを、返してしまうのか」と残念がられたので、新しいものをいただいて、取り替えるだけにしました。お話いただいたのは、男神様でした。白浜神社のご祭神は、伊古奈比当ス(いこなひめのみこと。事代主命の后)、三嶋大明神(事代主命)、見目(みめ)、若宮(わかみや)、剣の御子で、事代主命が答えて下さったのかもしれません。気分爽快で、ここまでの疲れが吹き飛びました。

お守りをいただいていると雨がどしゃ降りになってきて、雷も鳴りはじめました。出雲系の神社への参拝ですから、どしゃ降りでも気分は上々です。

雲見浅間神社(ご祭神は、磐長姫命)に着いたのは、5時ごろでした。今までで一番優しく、暖かく迎えていただけました。時間があれば、ゆっくりしたい感じでしたが、さっさと出発しました。出発しようとしていると、町内放送で、私がさっき通ってきた道が、雨量規制で通行止めになったとアナウンスされていました。おお〜、無事に通ってこれて良かった。

雲見から移動して、三嶋大社(御祭神は、大山祇命(おおやまつみのみこと)、事代主神)へ到着したのは、7時ごろ。駐車場は閉まっていましたが、参拝はできました。ここでも、とても和やかな雰囲気で、不思議な気持ちでした。夜の参拝は初めてでしたが、昼間よりもうんといい感じでした。今まで参拝するたびに感じていた緊張感が全くなくなり、まるでいつもの鎮守の神社で祈っているような気持ちになりました。このごろは、あまりいただきものをしないようにしていますが、気が向いて霊視してみたら、金色の鈴が見えました。

もうお守り授与所も社務所も閉まっていましたが、どんなものがあるのかだけ見てみました。後から、電話でお願いして送ってもらうこともできますから。でも、これだというのが見つかりません。あれ?確かに金の鈴なのに。それに、すごくいただきたい気持ちになってるのに。

帰ってきてから、白濱神社でいただいた金と銀の鈴のお守りを見て、これのことだったんだと気づきました。金の鈴は三嶋大社、銀の鈴は白濱神社なんだ。今日は、伊豆の結びができたということですね。伊豆と私の心の結びと、他にもあるかもしれません。3年前にこの縁結びのお守りをいただいた時、片方は富士山だと私は思ったのでしたが、本当は三嶋大社だったみたいです。

私はようやく、伊豆が好きになりました。私にとって伊豆は、三嶋大社との関係がとても重要だったのだと、和解できてみてわかりました。私が湘南に住んでいる理由のひとつは、伊豆と和解するためだったのだとわかりました。私はこれから伊豆を思うたび、硬い気持ちではなく、温かな想いを馳せることになると思います。



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2006.1.9 来宮神社
★1月9日「来宮(きのみや)神社、伊豆山(いずさん)神社、寒川(さむかわ)神社」

朝から熱海まで出かけ、車でスイスイ到着しました。熱海は暖いかと期待して車のドアを開けましたが、湘南と変わりありませんでした。湘南よりは暖い日の方が多いんですけどねえ。がっかり。

参拝は、いつもながらにほかほかと温かく迎えてくださいました。お正月ですから、リラックスしたお祭り気分という感じです。お札を新しくいただいて、古いものを納めてきました。

伊豆山神社は人が少ないですが、いつもよりは多かったです。来宮神社は熱海の街中からも駅からも近いので人が多いですが、伊豆山神社までは、歩いてくるには遠いですから、自然と人も少なくなるんですね。

伝統と格式では伊豆山神社の方があるんですが、今では神社の持つエネルギーも来宮神社の方が充実しています。残念なことです。源実朝の歌には、伊豆山神社の過去の勢いが詠み込まれていて、胸をうたれます。このエネルギーの復活を願わずにいられません。

「伊豆の国や 山の南に出づる湯の 速きは神の 験(しるし)なりけり」

参拝のたびに、どうしたら伊豆山のエネルギーがもっと出てくるんだろうと思います。ご祭神は火牟須比命(ほむすびのみこと)、いざなぎいざなみ二神で、修験の山です。私は火の神とも修験とも相性が良いので、いつ来ても喜んでくださいます。ここでも、新しいお札をいただいて、古いものを納めてきました。

それから、帰りに寒川神社へ参拝しました。人が少なくなってからと思って夕方に参拝したんですが、すごい人でした。相模の国の一の宮は、寒川神社と鶴岡八幡宮の2社になっていますが、一の宮としてのお役所風なエネルギーを感じるのは、寒川神社の方です。一の宮参りとしては、寒川神社の方がふさわしいと思いました。



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2006.0.3 江ノ島ヨットハーバー
★1月3日「江ノ島神社」

江ノ島神社に参拝しました。午前中に行って帰ってきました。帰りには、車が駐車場に入るために、江ノ島の橋はもちろんのこと、江ノ島交差点よりもさらに長く並んでいました。地元民は、朝に来るもんだね。

弁天様の神像が安置されている奉安殿と、弁天様が祀られている中津宮で、い〜感じの参拝になりました。江ノ島神社には、家族全員がご守護いただいているように思います。

お札をいただき、あちこちの神社の古いお札を納めました。

江ノ島には新しいスパとかお店とかができているんですが、天然石ショップもありました。ちょっとのぞいてみたら、安い石は安いんですが、ラリマー、ルビー、アメジスト・カペラなどの高い石は祈ららの4倍程度の値段で販売されていて、驚きました。



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